「あなたの心に…」
Act.3 明るく元気な、この娘が幽霊?
やっぱり転校初日、しかも結構ドラマティックな一日だったから、
私は、めずらしく12時頃に眠ってしまったの。
うぅ…、お、重い…何?身体の上に…何か…重いわ…
「しっつれいね!私、重くないわよ!」
はい?
私は目を開けた。
目の前に迫っている、女の顔!
「ひぃえ〜っ!」
私は絶叫を上げた。
ゆ、ゆ、ゆ、幽霊!
幽霊が私の身体の上に座り込んでいる!
そして恨めしそうな顔をして…、
あれ?笑ってるよ、この幽霊。
「ははは、おかしい!びびってんの、この娘!」
「び、びびって、って何よ!夜中にアンタみたいなの見たら誰だって」
「はは、わかったよ。わかったから大声は出さないでよ。お願い」
その時、ノックする音。
『アスカ?なにかあったの?』
幽霊は私に手を合わせて拝んでいる。変なの…。
「大丈夫よ。ちょっとうなされただけ」
『そ。怖かったら一緒に寝てあげてもいいわよ』
「結構です!…ありがと…おやすみなさい」
『おやすみ…』
ママの足音が部屋の前から去っていく。
幽霊は二人のやり取りをじっと聞いていた。私のお腹の上で。
「いいなぁ…。アナタたちって」
「で、幽霊さん。何か用?」
「うん、アンタを取り殺そうと…あ、嘘、嘘。それに私を殴っても効果ないよ」
私は振り上げた拳のやり場に困って、そのまま幽霊を指差した。
「何か見下ろされてるのってヤだから、座っていい?幽霊さん」
「いいよ。あ、それから、幽霊、幽霊って言わないでくれる?」
「だって、幽霊なんでしょ。アンタ」
「そうだけど…さ。そんな感じじゃないでしょ。私って」
確かに。その通りだわ。
身体を起こした私は、幽霊をじっくりと観察したの。
普通に町を歩いてる人より、元気っぽい。
肌の色も健康そうな小麦色だし、栗色のショートヘアも良く似合ってる。
こりゃ寝不足の時の私の方が、よっぽど幽霊らしいわ。
着ている服も薄い水色のTシャツにベージュのショートパンツ。
なんて、アクティブな幽霊なの!
これまでの私の幽霊の定義を根底から覆してくれたわ、この幽霊は。
「そうね…。元気そうで…じゃ生霊っての?アンタ」
「う〜ん、だったらいいんだけど。私、死んでるんだよね。ちゃんと」
「ふ〜ん、じゃやっぱり、幽霊なの?」
「そうなっちゃうわね。残念だけど」
「で、話戻すけど、その幽霊さんが私に何の用?」
「ぐぅっ!幽霊はやめてってば。私はマナ。霧島マナっていうの」
「マナ、か…。いい名前じゃない。似合ってるよ。私は…、わかる?」
「ぜ〜んぜん。私は幽霊で、神様でも何でもないもん。そんな能力ないわよ」
「へぇ、そうなの。私は、惣流・アスカ・ラングレー。アスカでいいわ」
「じゃ、アスカ。お願いがあるの」
そら来た!狙いは私の命か、この身体か!
「アスカ、何か変なこと考えてない?」
「はは、わかった?」
「お願いって、簡単なことなの。隣に住んでるシンジ…知ってる?」
「ええ、あの冴えないヤツでしょ」
マナが怒った。
目から怪光線、口から炎…は出なかったけど、それくらいのインパクトはあったわ。
「ちょっと、アスカ!アナタにシンジの何がわかるってのよ!
シンジはとってもいいヤツなんだよ。頼んなく見えるけど、中身は違う!
ホントにいいヤツで…、大好きなんだからぁ…」
マナったら、幽霊の癖に泣き出しちゃったよ。
しゃくりあげちゃって、案外可愛いじゃないの、この幽霊娘。
ま、今回は私が悪いってことにしといてあげるか。
「ごめんね、マナ。私、口が悪くってさ。もう言わないから泣かないでよ」
「うっ…うぅ…」
慰めようにも実体がないから背中を撫でてあげる訳にもいかない。
困ったもんね。
「アンタ、シンジの知り合いだったの?」
「ぐすっ…おさな…なじみ…、幼稚園から…ずっと…一緒…だったの…」
「へぇ…そうだったの」
「それから…この部屋…、私の部屋だったの」
げぇっ!コイツ、自縛霊ってヤツ!こ、この部屋って…。
私は部屋の中を見渡した。
そんな私を見て、マナが笑い出した。
「大丈夫よ。私この部屋で死んだんじゃないもん。自縛霊じゃないわよ。
それにアンタの部屋、女の子らしくていいじゃない?
私が使ってたときなんか、まるで男の子の部屋。殺風景でさ」
「そう…、いつ…死んだの?」
「1年半前、中学に入って…すぐのゴールデンウィーク。事故でね」
「痛かった?」
「ううん、覚えてない。一瞬だったから」
「そう…」
なぜか私は涙ぐんでたわ。だって死んじゃったんだよ、この娘。
「居眠り運転のトラックがね、私の乗ってた車に正面衝突。
私とパパと、シンジの両親、全員即死だったわ」
「えっ!シン…アイツの両親って、じゃ」
「そ…、だからシンジは一人で…」
マナは悲しげな眼差しで、シンジの部屋がある壁を見つめた。
「この向こう…壁一枚向こうがちょうどシンジの部屋。
そこにシンジは一人で暮らしてる…」
「一人って、どうして!身よりは?」
「シンジ、一人っ子だったし、ここを離れたくないって言い張って…。
まぁ保険金が入ってるから、生活に支障はないんだけどね」
私もマナみたいに壁を見つめた。
この向こうにアイツは一人で住んでいる。
たった一人で…。じゃ、もう1年半も…。
そうか…、それで暗い雰囲気があるんだ、アイツ…。
マナが生きてたときは、きっと違った感じだったんだろうな…。
「あ、家事は大丈夫よ。シンジ、何でもできるから。
ハンバーグとか唐揚げとか、もう最高なんだから。
アンタも食べてみれば?」
「うん、ま、機会があれば、ね」
「いや、あのね。私の頼みってのがね」
急にもじもじしだすマナ。
「はっきり言うよ、アスカ。
アナタ、シンジの恋人になって!」
「はへ?!」
私は…、私がアイツの恋人に…?恋人。恋人。恋人…。
恋人ぉっ!
「ちょっとマナ、アンタ何言い出すのよ」
「あれ?何そんなに血相変えちゃって」
「こ、こ、恋人って、恋人なのよ!そんな滅茶苦茶な」
「どうして?シンジって、すっごくいいヤツだよ」
「いや、だから、いい悪いじゃなくて」
「私が生きていたら絶対に恋人になって、誰も邪魔させないんだけどな…。
一生、シンジにくっついて暮らすんだ…。もう死んじゃってるけど」
「惚気…ないでよ!だからどうして私なのよ。私がなぜアイツと!」
「だって、アナタ、私が見えるんでしょ。なかなか見えてくれないのよね、私のこと。
それに、さっきだってシンジのことで興奮してたじゃない」
「あ、あれは!アイツが可哀相だなって、そう思っただけ。別にほかの意味はないわ」
「ふ〜ん、そっかな?」
「だって、アイツに会ってまだ1日なのよ」
「恋はね」
マナは私の方に向き直り、真剣な面持ちで言ったわ。
「恋に時間はないのよ」
何?この強気。こんなに言い切れるほど、あなたは恋を知ってるってわけ。
「ほら、よく歌とか映画とかで…」
「あ、アンタねぇ…」
脱力…。マナって単純馬鹿?
「ま、すぐに恋人になれってわけじゃないし…」
「あ、あったり前じゃない!相手ってものがあるんだから…」
「へぇ〜、じゃ相手がOKならいいわけ?」
「え?あ、違う違う!一般論よ。一般論」
「一般論、ね。ま、いいか。それはおいおいってことで」
ちょっと、勝手に話を進めないでよ。
「とりあえず、お願いしたいのは…」
マナが真顔になったわ。
「シンジの心。シンジの心って、今メチャクチャ。よく自殺してしまわないなって感じ」
「でも…。酷いこと言っちゃうけどね、アイツが自殺したらアンタのところにいけるんじゃないの?」
「イヤ!そんなのイヤ!絶対にイヤよ!」
私はマナの勢いに圧倒されたわ。実体があれば、胸倉を掴まれそう。
「死ぬって…死んじゃうんだよ。生きていないんだよ。
アナタみたいに笑ったり、怒ったり、喜んだり…、そんなことができなくなっちゃうんだよ」
そうよね…。私は、少なくとも私は今、死にたくない。
「シンジだって、今は、今は不幸だけど、幸福になる時がくるはずなの。
絶対になるんだから!絶対に…」
マナはまた泣き出しちゃった。ちょっと反省。
「ね?アスカだって思うでしょ。私は一瞬で死んじゃったんだけど、
シンジはもう1年半も苦しんでるんだよ。その上死ぬなんて可哀相じゃない」
う〜ん、理屈はともかく、マナの気持ちはわかるわ。
「はぁ…、わかったわよ…」
「え!ホント!協力してくれんの?」
何、この変わり身の早さ。もうニコニコ笑ってるよ、この娘ったら。
「どうせ、アレなんでしょ。私が協力しなかったら、毎晩現れるってんでしょ」
「そ、呪ってやる、祟ってやる、って感じで」
「アンタにやられても怖くないと思うけど…、ずっと纏わりつかれるのも鬱陶しいからね」
「はいはい、何とでも言って」
「あ、それからこれだけははっきり言っておくから。
私はアンタに協力して、アイツの心の平安ってのを取り戻させる助けをするだけよ。
決して恋人になるってことじゃないからね!」
私はマナを指差して宣言したわ。
きちんと言っておかないとこの自己中娘は…。
いない…。
マナがいなくなってる。
突然出てきて、突然消えちゃった。
ま、幽霊なんだから当然…、なのかしら?
私は大きく息を吐いた。
面白くなってきたじゃない!
幽霊と話して、仲良くなるなんて、人生にそうあることじゃないわ。
アイツのことだって見過ごしておけないし。
私って、前向いて走るのが好きだから。
よし!明日からバシバシやっちゃうから!
時計を見たら、午前5時になっていた。
マナの馬鹿…。
Act.3 明るく元気な、この娘が幽霊? ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第3話をお届けします。
企画段階ではマナの役どころはレイでした。
ただレイが幽霊ってのは、あまりにもはまり過ぎなので、交代していただきました。
別の役でレイは登場予定ですが…、あくまでこの作品のメインはアスカ&マナです。